芦辺港周辺の散策


芦辺港

島の北東部にあり、壱岐の東の玄関口です。

博多からのフェリーや高速船が入港するところです。

博多との距離は約
67kmで、壱岐と博多港路では最短距離にあります。

2度にわたる元寇では、この港からも元軍が壱岐に上陸し、多大の被害を被りました。

海に面した埋め立て地はフェリーの接岸施設やターミナルビル、駐車場などが整備されています。

実は、この芦辺港に突然、30cmほどのサンマの群れがやって来ることがあります。

地元の人たちが、手網ですくったり、釣り上げたりと、良いレジャーになっています。






谷江川

壱岐で2番目に長い谷江川が流れこんでいます。

谷江川の上流ではうなぎが良くつれ、シーズンになると、たくさんの人が釣りに行きます。




















谷江川の周辺は、江戸時代に、鯨組が埋め立てをして、水田開発をした場所でもあります。

















この周辺では、シジミなどの貝がとれる場所です。

地元の人たちが休みになると貝を掘っています。















少弐資時の銅像

元寇720周年記念事業で造られました。

弘安の役で勇敢に戦い戦死した若武者、少弐少弐資時(しょうにすけとき)の銅像です。

高さは約6mあります。

平成13年5月20日に建立です。

新時代をゆく青年たちの意識の高揚、若者たちが生きる時代が平和であることを祈念して製作されました。



















芦辺大橋

谷江川をまたいでかかっている橋です。

この周辺には町民グラウンドや体験施設もあります。

今まではこの谷江川を挟んで芦辺浦と瀬戸浦が分断されていましたが、この橋の完成で往来が便利になりました。

毎年8月第1日曜日には芦辺大橋手づくりイカダ競漕が開催されます。












船匿城跡

元寇「弘安の役」参照。



















千人塚

元寇「弘安の役」参照。




















少弐公園

壱岐の自然と風景 少弐公園参照





















浪切不動尊


海上安全を祈って、海岸に立てられています。

とても、怖い顔をされています。

壱岐で、本物をご覧になってください。

















壱岐神社

元寇、弘安の役で戦死した少弐資時を祀った神社です。

昭和19年に本殿が造営され、1500年の歴史をもつ壱岐の神社の中では一番新しい神社です。

神社の境内には「少弐資時」「元寇の島壱岐」と書かれた旗が何本も立ててあります。

拝殿の中には少弐資時の戦いの様子を描いた絵が置いてあります。

















ここにも、元寇の碇石が置いてあります。

長さ約160cm、本来のものを加工して縦半分が保管されています。






















唐人神

唐人神は、主に性病が治るようにと祈願する神様です。

男は木で性器を作り、女は鳥居の形を木や金で作って参拝します。

壱岐では女陰のことを「カイ」といいます。

「開」という漢字から、鳥居の形を考え、それをお供えします。

「開」という漢字は、女性が体を開くという意味に、一方的に解釈し、写真のような鳥居を置いて、病気が治るのを祈りました。

他に、浜の小石や木の槍や刀をあげたりもします。

それにしても、下半身の病気はやっかいなものですな~。

天国から地獄ということわざがぴったり当てはまりますね~。






学びの館

ここには、江戸時代から明治時代にかけて、使われていた、いろいろな道具や、化石、歴史資料などが、所狭しと並んでいます。

学びの館では、年に何回か、壱州どうふを作ったり、ぞうりを作ったりという、体験もできるようになっています。

広場では、消防団の、実地訓練も行われます。

ここでは、展示品のごく一部を紹介しましょう。








クジラ

ミンククジラの骨格です。

対馬の海岸に打ち上げられて、埋まっていたものを、掘り起こして、ここにもって来ました。

全長5mあります。












唐箕(とうみ)

米を選別するときに使います。

手前に、ハンドルが付いていますね。

上についている箱のなかに、籾(もみ)を入れて、このハンドルを回すと、からの籾が、起こされた風で、吹き飛ばされて、左端から出て、米の入っている籾だけが、下についている、出口から出て来るようになっています。

昭和の中頃までは、まだこれを使っていました。

今は、コンバインであっというまに稲が刈られてしまうので、「とうみ」のでる幕はありません。











かまど

土に、わらを混ぜて、粘土状態にして、作ります。

このかまどを使って、米を炊いたり、味噌汁を作ったりしていました。

手前に竹の棒がありますが、これは、火吹き竹(ひふきだけ)といって、かまどの火が、燃えないときに、「フー、フー」と吹いて、酸素を供給して、火を起こすものです。

水亀(みずがめ)もあります。

近くの井戸や、湧き水がたまっている場所から、水を運んで、この水亀に保管し、少しづつ、使っていきます。

つぼが見えますが、これは、「消しつぼ」といって、かまどで、まきを燃やしたときに、できる燃え残りを、入れて、炭にするものです。







みの・笠

雨具です。

みのは、しゅろの皮を編んで作ります。

雨で、ぬれると、重たくなりますが、我慢して、農作業に精を出します。

それにしても、農作業は、本当に、たいへんなものだったということが、分かりますね~。










ひき臼(ひきうす)

ひき臼は、粉を作るときに、使います。

2段になっている、石にあいている、穴から、米や蕎麦(そば)などの、穀物を入れ、横に付いている、棒で、臼を回して、粉にします。

この粉で、蕎麦を打ったり、米の団子を作ったりします。

これも、大変な重労働です。









かかし

「山田のなーかの一本足のかかし」ですね。
















美濃谷

信仰「美濃谷観音堂」参照。





















日向様

歴史朝鮮出兵「宮崎県」参照。



















七重石塔

歴史朝鮮出兵「七重石塔」参照。






















長徳寺五輪塔

歴史元寇「五輪塔」参照。